2018年6月7日木曜日

自転車のシングルフリーの取り外し

自分の自転車のスポークを交換する都合で、リアのフリーを外した。
かなり苦労したのと、これについてはあまり情報がないので参考までに載せておく。

使用したもの
  • ディスクグラインダー
  • フリーのリムーバー(二ツ爪)
  • 30mmのモンキレンチ
  • 70cmくらいの単管パイプ

自分の自転車は元々内装8段がついていたのだが、
内部抵抗が大きいので数年前にシングル化した。
シングル化する時、シマノのフリーを買えばよかったのだが、
早く乗りたかったので自宅に転がっていた中華製のものを使った。

写真を見るとわかるが、シマノの物(下)には内側の輪に2か所の切り欠きがあり、
中華製(上)にはそれがない。
前者はこのようなツールで外す。
後者は壊す覚悟で外せと、サイクルパーツのメーカーのサイトではうたっている。
自分はここで使われている道具を持っていない。
代わりに二ツ目のフリーリムーバーを持っているので、
それが使えるようにした。

ディスクサンダーでフリーに溝を切り、
リムーバーをセットしてモンキレンチで回すが、
溝切が甘くてフリーをなめてしまう。


溝を切り直し、セットしたリムーバーがフリーをなめないよう、
ボルトで目いっぱい締め付けた。
しかし、どうにも溝が微妙に爪に合わないようで、
同じことを何度も繰り返した。
やがて、レンチに力を入れると回らないということが起こった。

回らないってことはリムーバーの爪は溝にかかっているということか。
腕力では回せない?
回らなきゃホイールごとお釈迦だ。
いまさら自転車屋さんには持って行けない。
はてどうしたものか。

以前どこかのサイトで見た知恵を思い出した。
家に転がっている単管パイプの端材を持ってきて、
モンキレンチを差し込み、
それをコンクリートの柱に引っ掛け、
レンチではなくホイールの方を回す。

すると、地獄で仏とはこのことか、フリーが回った。

4時間がかりで外したフリーはこのありさま。
よく外れたものだ。

このあとスポークを張り直し、シマノのフリーをつけて作業を完了した。

2016年12月4日日曜日

ウッドデッキ

庭にウッドデッキを作った。

ウッドデッキの工法には何種類かある。
最初が肝心な大引き工法、
初心者でも作りやすいサンドイッチ工法など。

サンドイッチ工法は自分が読んだ関連本でおすすめとされていた。
その理由は束柱を根太ではさんで固定することから、
束柱の上端の高さが揃っていなくても根太の固定位置で水平が取れるからだ。
根太と束柱を止めるビスで床板を支えることになるので強度と耐久性に劣るとされているが
水平が出しやすいためDIY初心者向けとされている。

自分も最初はサンドイッチ工法でやろうと考えていた。
しかし図面を引いてみたところ、
サンドイッチ工法では根太の交叉で床下が狭くなることがわかった。
我が家は古い家で床下通気口が小さく、床下も低いため、
床下の換気に相当支障が出ると思われた。
そこで、難しいとされる大引き工法で作ることにした。

エクセルでひいた図面がこちら。

大引き工法では束柱の上に大引きという長い柱が乗り、
その上に床板を張っていく。
そのため、束柱のてっぺんで水平が取れていないといけない。
束柱の長さで水平の調整をするとなると木材の切断の作業効率がとても悪くなる。
そこで基礎を置く時に水平をきっちりと出さなくてはいけない。

下図のように基礎を並べた所に角材を渡して水平を確認する。
縦横斜めで確認する。

ところで土の上に基礎を置く時は、
まず土を掘って砕石を入れて転圧してからコンクリートを入れるとされているが、
面倒くさがりな自分は、ピンコロ石については防草シートの上にコンクリートを乗せて、
その上にピンコロ石を乗せた。
まあ両端の羽子板つき束石はしっかり置いたので、
それが効いていればピンコロの方は多少雑でも大丈夫だろうと思う。

(雑といえば建物からの直角出しも雑だった。
大引きが平行じゃなくても床板は張れるから多少のずれは許されると思ったのだが、
計算上の大引きの長さで仕上がりをびしっと決めるにはやはり直角出しは重要で、
後で泣くことになった。)

90mm角の角柱から束柱と大引きを切り出して塗装する。
ちなみに今回は防腐処理済みの檜を束柱と大引きに使った。

柱の小口に一本線が入っているように見えるが、
これは電動丸ノコで角材を切るのに90mm角のものは一度では切れないので、
木をひっくり返して2回に分けて切るからだ。
自分あたりの素人がやると、たいてい0.5mmくらいの段ができてしまう。
これをぴしっと決めようと思うと最初の採寸が大事で、
スコヤの使い方をおぼえたら狂いなく切れるようになった。

余談ではあるが下の写真に写っているのががスコヤと呼ばれるもの。
2枚目の写真はさしがねとの比較(上がさしがね)。
スコヤは短い方の部分が厚くなっていて、
そこを板の端にあてるとずれることなく直角の線が引ける。
角材の切り出しの時には小口にスコヤの短い方を当てると、
角材の両面の同じ寸法で線が引けるため、
電動丸のこで両面を切った時のずれがなくなる。


本題に戻ろう。
両端の羽子板つき束石に束柱をビス止めし、大引きを乗せて固定する。
その次にピンコロ石と大引きの間にに束柱を入れてビスを打つ。

束柱と大引きの固定は斜め下からビスを上に向かって打って行ったのだが、
床下が低いため下穴を空けようとするとインパクトドライバーにつけたドリルビットが曲がってしまい、
2本も折ってしまった。

今回は見えないところにはプラ束を使った。

あとは床張り。
床板には木工ランドさんのサザンイエローパインの塗装済みの物を使った。
自分で塗る手間を惜しんで塗装済みの物にしたのだが、
手塗りに比べて塗りむらが激しいと感じたのは残念。

手製のスペーサーで隙間を作りながら淡々とビス止めして行った。

バルコニーの柱をよけたり、排水管の点検口を開けられるようにしたり。

この一段下がりは当初の仕様にはなかった。
製作中に妻から「階段をつけてほしい」という要望が出たことと、
ちょうどその時になって手前と奥の掃き出し窓の高さが20mmほどちがうことに気がついたため、
今から束柱の高さで調整するのは難しいということで、このような設計にした。
この部分をもっと手前まで伸ばして、壁際には薄い棚を置くのもいいかもしれない。

懸念していた床下通気口はこのように遮蔽されていない。
もともとウッドベンチが置いてあった場所なのだが、
ウッドデッキの奥行きはベンチの奥行きに合わせたので、
ベンチがなくなって通気性が上がったかもしれない。

失敗したのが建物の反対側の端の束石の位置で、
以前に行った暗渠排水工事の時に溝の上に大量にまいた砕石の上ということもあってうまく束石が置けず、
予定の位置からずれてしまった。
そのせいで大引きの長さも計画と変わってしまい、
長さが足りなくて付け足すような事態となってしまった。
束石をもう少し建物側に寄せても床がきしんだり大引きが曲がったりしなかったはずなので、
ウッドデッキの奥行きの調整を大引きのマージン部分で行えばもっときれいに収まっただろう。

完成した姿はこのようなもの。

バルコニーからだとこのように見える。

ここで蚊取り線香をつけてビールを飲みながらうだうだするのを目標にしてきたが、
こんな初冬に完成してしまい、せっかく作ったのに使い道がいまいちなくてさみしい。

2016年7月21日木曜日

単管パイプで建てるフェンス

単管パイプを使ったフェンスやウッドデッキの例はネット上にかなりあるが、
せっかく作ったことだし載せておくことにした。



当初単管パイプにステンレスサドルで板を固定しようとしたのだが
見栄えを気にして建物側に板を張ると庭が多少だがせまくなるのを妻がきらうため、
単管パイプにケーシングをつけることにした。

板は木工ランドさんで防腐処理済みサザンイエローパイン材の
10mm×135mm×1800mmというのを購入。
(この商品、今は廃番だそうです。)

板3枚でコの字型の枠を作って単管パイプにセットして、電動ドライバーで上下2か所に穴をあける。
最初に枠をかぶせてその上から穴あけした方が穴の位置がずれなくていいです。

穴にボルトを通してナットで固定。

固定したらふたをして完了。

これを繰り返し、支柱は完成。

色は数年後に塗るつもりでいたが、結局合わせてやってしまった。

見ばえがいいし、雨をはじくようになって正解だった。

これに板を張るわけだが、
ここでも当初予定していた横張りから縦張りにせよとの変更指示がかかり、
頭を悩ますこととなった。
というのも、基礎を埋める段階で支柱の間隔がかなりまちまちになってしまっていたからだ。
横張りならその間隔に合わせて板を切ればいいので楽だが、
縦張りだとそうはいかない。
支柱の左右で調節することにして、間隔を測り、
表計算ソフトでシュミレーションした。

そんなこんなで完成形がこちら。
インパクトドライバーの勢いが余って板を割ったり、
支柱の間隔がばらばらになったりしたが、
初めてにしては上出来だろう。

次は家の裏のフェンスを建てるが、
コツは心得たのでもっとうまく作れるだろう。

2016年6月5日日曜日

庭の暗渠排水をDIY

自宅の庭の暗渠排水工事を自前でやった。
暗渠排水についてはネットに情報が少なく、あれこれ迷いながらの作業だった。
同じような問題を抱えるごく少数の人には
こんなことでも参考になると思われるので公開しておこう。

そもそものきっかけ


自分の家は南に向かって上る坂の途中にある。
接道は西側、庭は南側にあり、東側が奥になる。
南側にも東側にも家が建っており、
南側の家は斜面ということもあってうちより一段高い。

この地域は水がしみ出しやすいらしく、
我が家も例外ではない。
特に南東の角がひどく、数十センチ掘っただけで水がわく。
夏でも庭の土は乾かず、苔のような植物が絶えずはりついていた。

住み始めて一、二年は建物の周囲の土を削ったり、
防草シートを張るなどしてごまかしていたが、
家の中の家具の裏など、
通気が悪いところにカビが生えることがあったりしたので、
あれこれ調べて暗渠排水に挑戦した。

一度目の工事


最初の工事は2013年、
庭の東南の角から、隣地境界に沿って道路側に溝を掘り、
暗渠排水用の土管を埋め、ガーデンロックをかぶせた。
土管は小田製陶所さんのものを使った。



一番状況が悪い南東の角から下りの水勾配をつけるため、
しかも勾配をけっこう取ってしまった(最低でも3%)ために、
南東側は10数センチしか土を掘り下げられなかった。

そのため、これで効果があったかといえば、
まあやらないよりはまし、いやほとんど効果がなかったということを、
自分は3年後に知ることになる。

二度目の工事へ


二度目の工事は2016年。
うちの相方に目隠しフェンスを作るようたのまれたのがきっかけだ。
最初は暗渠の外ぎりぎりのところにフェンスの基礎を建てようと
直径10センチ、深さ40センチほどの穴をあけたところ水が出た。


この前二日間くらい雨だったせいもあるが、
この水のわき具合には驚いた。
次の休日まで作業ができないので一週間見守ったが、水は引かない。
事態は深刻だった。

ネットで調べると「とにかく掘れるだけ掘って粘土層を貫通できれば排水できる」
という記述が見つかったので、
複式スコップを購入して試してみた。
が、1メートル掘ってもだめだった。

掘りながら気づいたのだが、
深い層の粘土は非常に硬いが水気は少なかった。
ということは、降った雨は土の層を通過するのだが、
その下の粘土層との境で止まってしまうということだろう。

それではということで、暗渠を建物側にずらすことを考えた。
掘った縦穴を一度埋め戻し、
土地境界から50センチくらい建物側に
幅30センチ、深さ40センチくらいの溝を掘ってみた。
そこから水がしみ出せば、既存の暗渠部分にフェンスの基礎を作れる。

しかし、なぜか水は出なかった。
そこまで水の勢いがないということだろうか。
庭には暗渠に向けて水勾配が作ってある。
おそらく降った雨の水はちゃんと排水されていて、 問題のわき水は擁壁の下を通ってきている。
やはり土地境界付近で水を始末せねばならないと判断した。

考えた末にこうすることに決めた。
  • 既存の暗渠の幅を広げ、深さも掘り下げる。
  • 暗渠の擁壁側にフェンスの基礎の穴を掘る。
  • 土管は暗渠の建物側に埋める。

いざ、工事


2%の水勾配を取りながら土を掘り直し、
フェンスの基礎穴を作ると、案の定水がわきだした。
この水もまた、時間がたっても減らなかった。


暗渠の底にフェンスの基礎を埋めるということは、
フェンスの支柱の根元部分約40~50センチが暗渠の中にあることになる。
これでは支柱に木材を、使えなくはないだろうが長持ちはしなさそうだ。
そこで今回は費用も考えて単管パイプを使うことにした。
これで万全とは言い切れないが、木材よりは水に強いだろう。
数年に一度根元を掘ってみて、必要ならさび止めを塗ろうと思う。
基礎はネットを参考に、塩ビ管とコンクリートで作ることにした。



フェンスの支柱を入れ、垂直を確認しながら砂利で固めた。
砂利にしたのは水を出しやすくするためだ。
やってみると狙い通り水がわき出し、
水勾配に従って流れた。
あとは砕石で溝を埋めるだけだ。

砕石を探すのは一苦労だった。
近所のホームセンターには砂利やサイズの小さいもの(6号砕石)しか売っておらず、
しかも必要な量を割り出すとかなり費用がかかる。
ネットで見つけた近所の生コン屋さんや建材屋さんに聞いても、
「うちには40-0しかない」との答え。
40-0とは、砕石の大きさが40mmから0mmということで、
生コンを練ったり地盤を固めるのに使われる。
大きさが不揃いなため、これを使うと石と石の隙間に小さい石や粉塵が入ることで
コンクリートや地盤が締まるのだが、
逆に水の通りは悪くなるため、今回は使えない。

一件の生コン屋さんが建材屋さんを紹介してくれた。
意外にも自宅近くのお店だった。
そこに電話したら4号砕石を販売しているとのこと。
配達料込でホームセンターで20kg袋を買うのの半額だったので、
そちらで1立米注文した。



暗渠に透水シートを敷き、砕石を埋めた。
透水シートと書いたが、実際は園芸や畑で使う防虫ネットを利用した。



駐車場から工事箇所の途中にバルコニーの支柱があって台車が入れず、
ねこ車もないため、運搬作業では相当疲れた。

暗渠の砕石の上に化粧砂利をかぶせた。

工事前の計算通り砕石が2割弱残ったが、
将来ウッドデッキにする予定の場所に、
防草シートを張り替えた上で撒いた。


これで暗渠排水工事は完了した。
排水以上に防草シートがむき出しだった庭がきれいにおさまったことがうれしい。

次はフェンスの設置だが、
これについてはDIYでやる人が多く、
情報量も多いので、
自分が載せるまでもないだろう。
なにか他のケースとちがうことがあれば書いてみたいと思う。

2013年10月11日金曜日

アンナ・アフマートワの「レクイエム」


(A portrait of Anna Akhmatova by Modigliani)

ロシアNOWというロシアのことを紹介するサイトがおもしろくて、最近よく見ている。
多言語で配信しているサイトなのだが、言語によってある記事ない記事があり、
趣味の合うテーマの記事でも日本語版がなかったりすると外国語で読まなければならないのがなかなかつらい。
先日、英語版にアンナ・アフマートワという女性詩人のことを紹介した記事を見つけた。
アフマートワはロシアではとても有名な詩人だ。
日本人でいえば「みだれ髪」で情熱的な愛を歌い、「君死にたまふことなかれ」で反戦を歌った与謝野晶子だろうか、
ソビエト時代の民衆の苦難をうたった、いわば「ロシアの母」のような人だ。

アフマートワは帝政ロシアの末期に若くしてデビューした。当時はロシア文学における「銀の時代」と呼ばれ、百花繚乱模様だった。
しかし、ロシア革命とそれ以降の共産党独裁により同世代作家は迫害を受けるようになる。
たとえば

オシップ・マンデリシュターム・・・流刑地に送られる途中で死亡
ウラジーミル・マヤコフスキー・・・共産主義に幻滅して自殺
マリーナ・ツヴェターエワ・・・迫害に耐えかねて自殺
ボリス・パステルナーク・・・小説「ドクトル・ジバゴ」が発禁処分。国外で出版されノーベル文学賞に選ばれるも、当局の圧力で辞退
ニコライ・グミリョフ・・・反革命活動に関わったことで銃殺

最後のグミリョフはアフマートワの最初の結婚相手だ。
彼との間にできた子供レフ・グミリョフも生前逮捕、投獄されている。
その経験は彼女の詩を私的なものから、弱者に寄り添うものへと変化させていった。
そして大作「レクイエム」(1935-40年)として結実した。
この作品はスターリンの大粛清時代の苦しみの記憶だ。 そのことはこの作品冒頭の「まえがきにかえて」という章に書かれている。

エジョフシチナ(注:1937~38年のスターリンによる大粛清のこと。彼の片腕のエジョフによることからこの呼び名がついている。)の恐ろしい年に、私は十七か月をレニングラード監獄の面会者の列で過ごした。ある日、わたしの素性に気づいたものがあった。と、わたしの次の番にあたった唇の蒼い女性が、むろんわたしの名など聞いたこともなかったろうに、わたしたち皆に共通した忘我の状態からふっと目覚めて、わたしの耳もとでたずねた(そこではみなが囁き声でしか話さなかった)。
「これをお書きになれますか?」
「書けますとも」
すると、なにやら微笑に似たものが、かつて彼女の顔であったものの上をつっと走った。



驚くべきことに、アフマートワはこの作品を紙にではなく記憶に書きとどめた。
彼女はスパイや密告の対象になっていた。
手紙は盗み見られていたようだし、留守中に部屋にガサ入れもあっただろう。
そのため、彼女はできた詩を知人に聞かせ、二人で暗記したのだという。

下の写真は昔自分が「レクイエム」を書き写したものだ。
もともと気に入った詩や文を見つけるとノートに書き取るようにしていたが、
(そういう古き良き習慣もデジタルデバイスのおかげでなくなってしまった)
図書館でこの長詩を見つけた時にもコピー機を使おうという気にはならなかったと記憶している。
おそらくそれがアフマートワの詩にふさわしい態度と思ったのだろう。

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